俺のスペック。
都内済み。
サラリーマン。社畜。
独身。趣味、インドア全般。
アニメとかチェックしたいけど、最近は残業ひどくて見る気にならない。
アニメずきとしては悲しいかぎり。
疲れた体で終電にのる。
まあがらがらだった。
朝の通勤もこれくらいならどんなに楽か。
ハーっとためいきをついた。
「疲れた」こんなに遅くまで仕事してどうするんだろう。
給料は結構稼げているけど使い道もない。
いや、口座にたまっているから、それを見てるだけでも結構いいきぶんなんだけどさ。
このままの生活続けてたらいつか体壊すかもなー。
そんなことを考えながら、
俺は電車に揺られていた。
ふと、顔を上げる。
誰もいないと思ってたけど、
視界のハシに人影が写った気がした。
向かいの席に、見知らぬ女性が座っていた。
いつの間に乗ってきたのだろう。
ガラガラの車内だったはずなのに。
女性は、不気味な笑みを浮かべて俺を見つめている。
容姿はふつうというか、どこにでもいそうな女性。
ただ笑顔が不気味に思えた。
思わず目をそらしたが、視線が突き刺さるようで居心地が悪い。
「あの…」
声をかけようとしたその時、
電車が急に揺れた。
ライトが明滅し、車内が一瞬暗闇に包まれる。
明るくなったと思ったら、
女性の姿が消えていた。
代わりに座席には、古びた人形が置かれている。
人形の目が、まるで生きているかのように俺を見つめていた。
ゾッとした俺が席を立とうとすると、背後で甲高い笑い声がした。
振り返ると、そこには例の女性が立っていた。
「何でまた…」
そう言いかけて、俺は言葉を失った。
女性の顔が、見る見るうちにぐにゃりと歪んでいく。
皮膚が腐敗したかのように崩れ落ち、白い骨があらわになる。
髪の毛は抜け落ち、眼窩からは蛆虫がわらわらと這い出てくる。
「うわあああっ!」
悲鳴を上げて目を覚ました俺。
冷や汗でびっしょりだ。
よく見ると、まだ電車の中にいた。
どうやら居眠りをしていたようだ。
向かいの席には誰もいない。当然、人形もない。
「はあ…夢か…」
安堵のため息をついたそのとき、
スマホが鳴った。
画面に表示されたのはめちゃくちゃな番号だった。
番号というか、
「ヌ縺オ縺√?縺√?縺」
みたいな文字化けしてる感じだった。
ぴりりりり、
と音はなりやまない。
ずっとなっている。
俺は電話に出てみる。
「あの、もしもし?」
電話に出た瞬間、
耳をつんざくような金属音が鳴り響いた。
「ぎゃあっ!」
思わず電話を落としそうになる。
慌てて耳から離すと、受話器から聞こえてくるのは、意味不明な言葉の羅列だった。
「ソ豁サチトノ ササカネカ螳カ ヲカク ェ」
まるで呪文のような、不気味な音の連なり。
これは一体何なんだ?
俺は混乱し、電話を切ろうとするが、ボタンが反応しない。
画面には「通話中」の文字が点滅し続けている。
「くそっ、なんだってんだよ!」
焦る俺に、さらに異変が起きた。
電車の明かりが明滅を始めた。
ライトの点滅に合わせて、車内のあちこちに、奇妙な影が生まれる。
人影が点滅に合わせて浮かび上がる。
でも影だけでヒトの姿はみつからない。
その人影は、夢に出てきた女性を彷彿とさせた。
点滅がおさまると、影は消える。
だが、明かりが落ちるたびに、影は俺に近づいてくるのがわかった。
「うわあ…!」
恐怖に襲われた俺は、反射的に席を立ち上がる。
そのとき、電話から聞こえる音が変わった。
雑音混じりで、よくわからないが、人の声のようにも聞こえる。
「…ナマエハ…」
その声は、俺の名前を呼んでいるようだった。
電車はトンネルに差しかかる。
車内が真っ暗闇に包まれた瞬間、
俺の背後で不気味な声がした。
「…おまえの番だ…」
振り返る俺。
そこには、夢に出てきたものと同じ、腐敗した女性の姿があった。
無数の蛆虫が、俺に向かって這ってくる。
「うわあああっ!!!」
俺は絶叫した。
暗闇の中で、女性の笑い声だけが妙に耳につく。
「ハハハ…逃げられないよ…」
蛆虫が俺の足に絡みつき、
這い上がってくる。
ぞわぞわと不快な感覚に、
俺は思わず目を閉じた。
次の瞬間、眩しい光が差し込んだ。
トンネルを抜けたのだ。
目を開けると、そこには見慣れた車内の光景が広がっていた。
女性の姿も、蛆虫の感触も消えている。
ただスマホだけが、床に落ちていた。
画面は真っ暗で、電源が切れているようだ。
「は、はあ…また夢…?」
震える手でスマホを拾い上げる。
ロック画面に、1通の着信履歴が表示されていた。
発信元は
「縺オ縺√?縺√?縺」
また文字化けをしている。
俺はその文字を見つめながら、恐る恐る電話をかけ直してみた。
コールするも、誰も出ない。
代わりに、聞き覚えのある音が流れてきた。
「ソ豁サチトノ ササカネカ螳カ ヲカク ェ」まばたきをすると、また蛆虫が電車内にわいて、俺にせまってくる。
「うわあああああ!」
おれは悲鳴を上げて必死に逃げようとしたが、
電車内で逃げ場なんてない。
おれは電車内の非常ボタンを押す。
「こんなところにいられない!」
ボタンを押して、
レバーを引き、電車のドアを開けた。
走行中の電車だ。
景色が早く流れている。
だがこんな蛆虫だらけの空間よりましだ。
そう思って飛び出そうとする。
ぴりりりりり。
そこでスマホの音が響いた。
まさか、またさっきの文字化けした画面が表示されるのか。
そう思ったが、表示されている番号は、
「080〇〇〇〇ーー」
と普通に読めるものだった。
蛆虫がからだに這ってきている。
だが電話はしつこくぴりりりりと鳴り響いている。
俺は意を決して、電話にでた。
「もしもし」
その瞬間、目が覚めた。
「終点ー〇〇ー」
車掌のアナウンスが流れている。
電車のドアが開いている。
蛆虫なんてどこにもいない。いるはずがない。
「全部ゆめだったのか」
働きすぎておかしくなったのだろうか。
だが夢にしちゃ、リアルすぎた気もするが。
でもそんなもんだろうか。
俺はスマホの着信履歴をみる。
文字化けしている番号はない。
ただ、20桁の番号だとか、
2桁しかない番号だとか、ありえない電話履歴があった。
結局夢だったのか、それとも現実だったのか。
なにもかもわからない。
ただ、夢の最後で電車のドアを開けて外に飛び出していたら、夢の中では走行中だった電車から飛び出していたら、どうなっていたんだろう。
俺は電車の中で居眠りしないように、それからは残業を控えるようにしている。