現在、会社で事務仕事をしているアラサーです。
独身でアパートに一人で住んでます。
そのアパートの話なんですが、
隣に住んでるヒトについてです。
ちょっとおかしいというか、
いろいろ変なところがあるんですよね。
その人の住んでる部屋は角部屋になるんですが、
私が外に出ようと駐輪場にいくとき、その部屋の窓の下を通るんですよ。
会社に行くときと帰るとき、帰るときは夜遅くになることもあるんですけど、
テレビの音が聞こえるんです。
いや、まったく普通というか当たり前のことなんですけど、いつも聞こえるんですよね。
ほんとにいつもなんです。
私が会社に行く朝も、夜遅く帰宅する時間帯も、その部屋からはいつもテレビの音が聞こえてくるんです。
まるでその人は一日中部屋にいて、ずっとテレビを観ているかのように。
テレビが好きな人としてもどの番組も好きってこともないだろうし。
それに一日中テレビつけてるなんておかしいよなあっていつも思ってました。
その部屋に住んでる人も、
一度も見たことがないんですよね。
まあアパートの隣人なんて別に知らなくても当然だろうって感じなんですけど、
一回くらいすれちがうことがあってもおかしくないよなって思ってるんですが。
今のアパートに住み始めてもう何年もたってるんで。
でも部屋から出るところもゴミ出しをしているところも、買い物から帰ってくるところも、全然みたことがありません。
まあテレビつけっぱにして、そのまま引きこもるような生活してるのかなーとか、適当に理由付けて納得してました。
気になってはいましたけど、
私もそこまで暇でもないというか、わざわざ調べることもないよなって思ってて。
ひょっとしたら、事故というか、意識を失っててそのままだったらとかも考えましたけど、私がアパートに入居したころから、つまりもう何年もつけっぱなしだったので、事故ってこともないかなって思ってて。
それだけの間、すでに気を失っているとなると、まあ惨状というか、隣の部屋の私なら、
いろいろ気づいてしまうことになると思うので。
まあそんなわけで気にしながらも生活してたんですけど。
ある日、隣の部屋の前に封筒が落ちてたんですよ。
拾ってみると、郵便物みたいで、
あて先がその部屋の番号になってました。
ちょっとチャンスかなとも思って。
部屋のインターホンおして、呼び出してみたんです。
どんな人が住んでるんだろと思って。ひょっとしたら確かめられるかなと思って。
ガチャって音がして普通に人が出てきました。
「えっと、なんですか?」
出てきた人は普通の男の人でした。
年は同じくらい?
別に普通っぽい人。
ずっと外に出ていないような雰囲気でもないし、
小ぎれいな恰好というか、健康的な一般男性というか。
「あの、なんかドアの前に落ちてたんですが……」
「え? ああ、ドア開けるときに落としちゃったのかな?ありがとうございます」
お礼を言われて、
男性はドアを閉めようとします。
ここで終わりだったんですが、
私は気になってることを聞いてみることにしました。
「あの……前から気になってたんですけど、テレビ、好きなんですか?」
ちょっと遠回りな聞き方になってしまいました。
「え? まあ普通ですかね? なんでですか?」
「いや、ずっとテレビをつけっぱなしにされてるみたいだったので……」
「ええ? いや、そんなことないと思いますけど」
「え? あ、そうなんですか、変なこと聞いてすいません」
そういって隣室の人は自分の部屋に戻っていきました。
「え? どういうことだろう」
ずっとテレビつけっぱなしだと思ってたのに、
そんなことない?
私は外にまわって、
その部屋の窓を見てみます。
やっぱりテレビの音が聞こえてくる。
「うーん、嘘ついてるだけ?」
考えても見れば、変なこと聞いたかも。
私はそのことについて考えるのをやめようとしました。
部屋に戻ろうとする。
そこで、隣の部屋、
そのテレビがついていると思っていた角部屋、その前の廊下を通っているとき。
「あれ? ドアがある……」
私は郵便物を落としていた男性の部屋が角部屋かと思っていたんです。
でも今気づいた。
その部屋と、角のあいだに狭いがドアがあったみたいなんです。
掃除用具でもいれてありそうな、狭いドア。
「ひょっとして、ここがテレビのある部屋?いつもつけっぱなしにしているのはこの部屋?」
だが今までこんな部屋があることに気づかなかった。
何年もすんでいたのに。
たまたま気づかなかっただけ?
確かにいままで廊下を通っているときに意識したことはありませんでした。
私はドアを開けてみます。
他人の家のドアを勝手にあけてはいけないとか、
そんなこと考えませんでした。
ただ知りたかったんです。
ドアを開けると、そこは狭い部屋が。
細長い部屋。
なんでこんな部屋があるんだろう。
部屋の奥にはテレビがある。
ずっとテレビがついていると思っていた部屋はここだったのか。
私はテレビに近づいてみます。
テレビの番組は、バラエティ番組のようでした。
ただ見覚えのない番組で、写っているタレントも見たことのない人。
私はテレビに詳しくないけど、まったく見たことがない。
そして、おそらくテロップのようなものが、表示されているけど、
文字がおかしい。
日本語のようでいて、
見たことがない文字だった。
例えば、「お」という文字が左右反転しているような。
平仮名のようでちがう文字。
私は窓を開けてみます。
すぐ外には駐輪場があるはず。
私がいつも、この部屋を見ていた駐輪場。
いま、その中から見ていることになる。
見慣れている駐輪場のはず。
でも、何かおかしい。
そうだ、窓から見える景色、
何か合わない。
私は文字がおかしいことに気づきました。
テレビの中と同じ文字が使われているようです。
私は混乱しながらも、
部屋の中をさらに探索することにしました。すると、テレビの横に1冊のノートを見つけたのです。
ノートを開くと、そこには誰かの日記のようなものが書かれていました。
その文章は普通の日本語でした。
私は読み進めてみます。
「私は別の次元への扉を開けることに成功した。テレビを通して、あの世界を垣間見ることができる…」
私は息をのみました。別の次元?あの世界?一体何を言っているのでしょうか。
日記を読み進めていくと、
その住人は、このテレビを使って異世界を覗き見ていたようなのです。
そして、彼はついに、その世界に「移住」することを決意したと書かれていました…。
「もう、この世界には未練はない。今夜、私は永遠にこの部屋を去り、あの世界に旅立つ」
それが日記の最後の文章でした。
私は恐る恐る、再びテレビに目をやりました。もしかして、
このテレビは…異世界につながる扉なのでしょうか?
そして、先ほどから感じている違和感…外の景色も、テレビの中の世界と同じなのかもしれません…。
私は、自分が今、現実の世界にいるのか、それとも…?
恐怖で手が震えながら、私はゆっくりとテレビに手を伸ばしました。
「え? 何なんですか? この部屋……」
そこで後ろから声がします。
私は我に返って、テレビに延ばしていた手をとめました。
後ろを見ると、隣の部屋の男性でした。
私の隣室の、テレビをつけっぱなしにしていると勘違いしていた男性です。
ドアが開いてるのを見つけて中を覗き込んだみたいです。
私は、急に怖くなり、部屋から出ます。
「こ、この部屋……」
部屋を出て、男性に話しかけようとしたところで、
急に意識が遠のいていきました。
目を覚ますと、自分の部屋のベッドの上でした。
「う、うん…夢…?」
私は自分の部屋にいることに安堵しました。今のできごとは全て夢だったのでしょうか。
でも、あの不思議な部屋と日記の内容が頭から離れません。
「もう一度、あの部屋を確かめてみよう…」
そう思った私は、再び隣の部屋へ向かいました。
ところが、そこには見慣れた普通の廊下が広がっているだけで、
あの狭い部屋のドアは見当たりません。
「え…?どういうこと…?」
混乱する私に、隣の部屋のドアが開き、
例の男性が顔を出しました。
「ああ、どうもこんにちは」
「あ、こんにちは、あの、ここに部屋がありましたよね……?」
「部屋?何のことですか?」
男性は首を傾げます。
どうやら、彼はあの狭い部屋のことを何も知らないようでした。
覚えてないというより、あんな部屋を見たことがないような。
そんな態度に感じます。
「い、いえ…なんでもないです…すみません…」
「いや、いいんですけど」
そういって、アパートを出ていきました。
「一体…何だったんだろう…?」
あの部屋も、日記も、異世界のテレビも…全て夢だったのでしょうか。
でも、あの時感じた違和感と恐怖は、あまりにもリアルでした…。
私は窓の外を見やります。
外の景色は、いつも通りの、何の変哲もない日常の風景が広がっています。
看板や自転車に書いてあるロゴとか、知っている文字です。
「もしかして…私、疲れてたのかな…」
そう自分に言い聞かせながら、私は駐輪場のほうにまわります。
いつもテレビがついている部屋。
それがありませんでした。
テレビの音は聞こえてきません。
いや、そもそもテレビの音が聞こえてきていた窓がありません。
このアパートは、角部屋でも窓がないみたいです。
「……勘違いなわけはない」
でも、窓はもうありません。
私の知らない、もうひとつの世界が、
本当にどこかに存在しているのかもしれません…。
そして、あの部屋が異世界に繋がっていたのかも。
でもその部屋はもう無くなってしまったようです。
仮にみつかったとしても、もう部屋に入る気はありませんでした。
あの日記の持ち主は、この世界からあちらに行ってしまったのかもしれませんが、
私は別に行きたいとは思わないので。