あたしの親は、個人で小さい商店を営んでいる。
たまに仕事を手伝ったりもする。
ある日の夕方ごろ、営業が終わったんで店を閉めるときの話だ。
「にゃあ」
と猫の声がした。
振り返ると、一匹の猫が店の前にいる。
あたしは猫が好きだったから、つい猫に近づいていった。
「こんばんは、猫ちゃん。お腹空いてるの?」
そう言って、あたしは猫に手を伸ばした。しかし、猫はあたしの手を嫌がるように避けると、
店の中に走り込んでいった。
「あ、ちょっと待って!」
あたしは慌てて猫を追いかけた。店の奥に進むと、
猫は商品棚の陰に隠れてしまった。
「こっちに来て、猫ちゃん。お家に帰さなきゃ。」
あたしが呼びかけても、
猫は出てこない。仕方がないので、あたしは商品棚の陰に手を伸ばした。
すると、そこには猫の姿はなく、代わりに人の手が…。
ギョッとしたあたしは、慌てて手を引っ込めた。そんなはずない、きっと見間違いだ。
そう思って、もう一度恐る恐る手を伸ばすと、やはりそこには猫ではなく、蒼白い人の手があった。
その手は、あたしの手首をがっちりと掴んでくる。
あたしは悲鳴を上げながら、必死にその手を振り払おうとした。しかし、その手はあたしの手首を強く握りしめ、決して離そうとしなかった。
「うわ、なにこれ!」
あたしがさわいでいると、
「どうした?」
と家から親が様子を見に来た。
そのとたんに、その青白い手は見えなくなった。
「なんだったの……?」
親が不思議そうな顔で聞いてくる。
あたしは混乱していたが、とりあえず
「何でもない」
と答えた。
その夜、あたしは寝付けずにいた。あの青白い手は何だったのだろう?幽霊?それとも、
あたしの疲れた目の錯覚?猫もいつのまにかいなくなっていた。
かわいい猫だったから残念だ。青白い手なんかより猫のほうをさわりたかった。
そして、次の日、店を閉め終えた夕方ごろ。
また猫がやってきた。
そして、猫はまた店にするりと入り込み、商品棚に隠れる。あたしはまたあの青白い手が出てくるんじゃないかと思った。
でも、その時に猫ちゃんが
「しゃー」
っと警戒する声を出す。
あの猫同士で喧嘩してる時のような泣き声だ。その時にまた青白い手が見えた。
棚の隙間にうっすらと浮かんでいる。その手に向かって猫ちゃんが威嚇しているように見えた。
やがて、その手はどこかに引っ込んでいった。
どこから生えていたのかもわからなかったが、次第にぼんやりしていって見えなくなった。
猫ちゃんが追い払ってくれたんだろうか。ご褒美というわけではないが、昼ごはんで作った焼き魚がちょっと余っていたので、その猫ちゃんにあげた。
「にゃあ」
とないておいしそうに食べている。
「何してるんだ?」
そこで親があたしに声をかけてきた。
ずっとうずくまってるから、何をしてるのかと思ったみたい。
「父さん、猫飼わない?」
「ええ?」
急に何を言い出すんだこいつは。
といった感じだったが、私からもらった魚を食べている猫をみて、
「入り込んだのか」
といった後に、
「まあ別にいいかなあ」
といって、
猫ちゃんを飼う許可をもらった。幸いに、うちの店は食品を扱っているわけではない。猫が入っても特に問題があるわけではなかった。
トイレとかは気を付けないといけないが。
まあ、そんなわけで、その猫ちゃんはうちに住み着いている。
結局あの青白い手がなんだったのか、全くわからないけど。
ひょっとしたら、私の見間違い?
でもぼんやりだけど、はっきり見えてたしなあ。
ひょっとしたら、猫ちゃんが住み着くために、見せてきたもの?まあ何にしても、猫ちゃん目当てで来る客も増えたし、別に問題はないんだけど。
「にゃー」
と鳴きながら、
猫ちゃんは暢気に店内でくつろいでいる。すっかり自分のなわばりにしてしまった。
なんだか乗っ取られた気もするけど、あたしは特に気にしないことにしてる。
なんだか店内の雰囲気も明るくなった気がするし。